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想像力の進化 [ネットワークの未来]

最近、ネットで遠い国での不幸な出来事や、世の中の様々な矛盾や問題に対して、個人が抱いた感想や、考察、提案をよく目にするようになった。インターネットが軍事目的をヒントにし、大学間での知識の共有を目的に進化し、いつしかネットが世界を覆い、個人が気軽に情報発信をできるようになった。ネットはブログを始め様々な自由な表現の場として、また人々の繋がりを生み出すツールとして、必要としている人にとっては欠かせないものとなって来ている。

個人の発信した情報には、顔が見える。例えその人の顔写真は載っていなくとも、その人の人柄や、その人を通してみた物事の見方が、受け手にとってダイレクトに伝わってくる。

これは従来のマスメディアに対して非常にインパクトのあるもので、人によってはマスメディアより身近で、より本人にとって心にリアルに響くものがあるだろう。

リアルに響く事で、対象の問題について、より身近に感じられるようになる。そこにある生々しい声によって、私たちは知らない町のどこかの誰かの経験や、考えに深く共感出来る様になったのだ。それは国境の壁さえやすやすと越え、時に言葉の壁さえも越える。場合によっては歪められた情報もあるだろう。しかし受け手も当然そんな事はわかってくるわけだ。ネットは常に様々な意見が乱れ飛んでいるのだから。
つまり、私たちは今、ネットという道具によって、想像力や判断力をより進化させているのではないか?と思うのだ。

遡って考えてみれば、メディアの進化とは、想像力の進化でもあっただろう。正しくメディアを使う事で、人は知らない国の出来事をより鮮明に知覚する事ができるのだ。勿論弊害としての実感を伴わない程の大量の情報シャワーによって、寧ろ想像力を欠如させてしまう事もあるのだろうが、うまく使えばネットワークは人の想像力を進化させ、共感する力を鍛える事が可能なのではないだろうか。

考えてみると、生物の知識の進化とは、より先の危険を察知できる能力の進化とも考えられる訳で、魚のような反射的な危険察知から、次第にネズミの様な経験を記憶するようになり、サルの様に知恵を付け、人は社会性を進化させてきた訳だ。そしてメディアの出現によって、人は知識量や想像力のキャパシティを急激に増やし、今、ネットワークによってもっと多くの想像力と知識を共有しようとしている。そんな風に考える事もできるのだ。

人は近い人程、共感や想像力がよくはたらく様にできている。それを否定する事はできない。そんな人の想像力が進化していく事で、人は破滅に向かうのか、それとも平和に向かうのか。できれば平和に向かって欲しいと思う次第。


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